淋しいって、感じてもいいんだよ
ごまかすほど、届かなくなる気持ちがある
さびしい、という感情。
さびしいって、本当は感じているのに
バレると恥ずかしい、バカにされそう、
こんなことぐらいで淋しいなんて、
言葉にすると涙があふれてしまう。
だから
感じないようにごまかすことがあります。
にくまれ口をたたいたり
わざと批判してみたり
いいと言ったのにやっぱ嫌だと言ったり
いっぱい食べたり飲んだり
はしゃいだり
どうでもいいことで怒ったり
しまいには寝てしまったり。
楽しい時間を過ごして、そろそろ終わりを迎えるとき
淋しいと感じます。
この時間よ、永遠に続け、と思ってしまいます。
けれど、永遠には続かない。
必ず、終わりはあるのです。
「淋しい」には、大きな淋しいと小さな淋しいがあります。
小さな淋しいを感じてきていないと、
大きな淋しい出来事が起きたとき、
たまっていた感情を抑えることにエネルギーを使うので、
今ここにいる感じがしない、
記憶が抜け落ちる、
ボーッとする。疲れる、
という状態になります。
子どもや家族が帰省し、また帰ってしまうとき。
慣れ親しんだ場所を卒業するとき。
卒業する人を見送るとき。
車を買い替え、古い車を手放すとき。
実家が売れたとき。
親が認知症になり、意思疎通ができなくなったとき。
大切な人を失ったとき。
人、家族、環境は常に変化します。
幼稚園から小学校に上がるように、
小学校から中学校に上がるように、
人生のステージも、少しずつ変わっていくもの。
夏休み、祖父母の家でいっぱい遊んだ子どもは
楽しくて、お別れの日、涙を見せるのが恥ずかしくて
「バイバイは?」と言われても、ちゃんと「バイバイ」ができません。
祖父母のがっかりした顔を見て、罪悪感を感じます。
車が出発し、もう姿がすっかり見えなくなった頃
「あ、あれ忘れた、戻って」と無理難題を言うことがあります。
「もう戻れないよ」と言うと
泣いて暴れて「戻って戻って」と泣き叫ぶ。
関係ないことで、いちゃもんをつけ
「淋しい」じゃない感情で泣くことがあります。
本当はちゃんとバイバイしたかったよね
ちゃんとお別れしたかったんだよね
また来るねって言いたかったよね
でも、恥ずかしかったのかな?
バイバイって言うと泣いちゃいそうだったのかな?
おばあちゃんの顔を見て、バイバイ言えない自分を責めたのかな?
そんな気持ちを、誰かたったひとりでいい、
認めて、寄り添う言葉にしてあげると
「違う!そうじゃない!」と言うかもしれないけど、
そのあともっと泣いて、嗚咽が出るほど泣いて、
そして眠って…。
起きた頃にはすっかり元気。
家についてから
ちゃんと電話で、お別れと感謝の気持ちを伝えられるようになります。
これは、子どもだけでなく、大人もおなじなんですよ。
淋しさという感情を、
とってつけた感謝の言葉じゃなく、
淋しいと恥ずかしいをごまかすための
皮肉やブラックジョークでもなく、
あなたと離れるのが淋しい、
涙が出る、
もっと一緒にいたかった、
と言えなくても
自分の中で思うだけでいい。
ちゃんと、わかってる。
それぞれの道と場所があることを…。
淋しいを感じたあとで
楽しかったね
大好きだよ
ありがとう、と
心から思える。
そして、共に過ごした時間は
思い出となって積み重なり
離れてもずっと、心に刻まれています。
淋しいって、感じてもいいんだよ。
だって、淋しいんだもの。
どんな気持ちや感情も、ダメなものはない。
感じてあげると、ちゃんと次に進める力となる。
あの子が泣きやんだあと
電話口で「ありがとう」と言えたように。
淋しいの先には、いつも
届けたかった気持ちが待っています。

