承認欲求の奥にあるもの
人は「認められたい」から「こう生きたい」へ変わっていく
承認欲求は、なくなるものではない。
なくす必要も、ない。
ただ、向きが変わっていく。
人は誰でも、「認められたい」と思う。
だから承認欲求は、なくそうとしなくていい。
その奥には、
本当に欲しかったものへ続く扉がある。
そこに気づくほど、
人は「認められたい」から、
「こう生きたい」へと変わっていく。
子どもの頃
「認めてほしい」
「褒めてほしい」
「見てほしい」
そう願うのは、自然なことだった。
十分にもらえなかったと感じている人ほど、
大人になってからも、
「認めてほしい」という願いを、
誰かに求め続けてしまう。
問題は、その欲求に支配されてしまうこと。
SNSの「いいね」が増えれば安心し、
減れば不安になる。
褒められれば前へ進めるけれど、
批判されれば止まってしまう。
評価されることを急ぐあまり、
すぐ結果が出るものだと思ってしまい、
出ないと、
「自分には向いてない」と諦めてしまう。
その繰り返しの中では、
人生の舵を他人にゆだねていることになる。
他人の顔色うかがい、
他人の期待を生きている。
でも心が少しずつ癒えてくると、
ベクトルが変わり始める。
「認めてもらうために」
ではなく、
「この人の役に立ちたい」
「この経験を、誰かに届けたい」
そんな気持ちが、自然と沸いてくる。
承認欲求が消えたわけではない。
もっと大きな欲望に包まれて、
子供の頃の承認欲求は静かになっていく。
私はそれを、「大人の欲望」と呼んでいる。
気をつけなければいけないのは、
「貢献」もまた、
承認欲求が姿を変えたものになることがある。
「役に立たなければ価値がない」
「誰かを救えなければ存在してはいけない」
そんな思い込みを抱えている人は、
貢献そのものが、自己価値の証明になってしまう。
貢献できるから価値があるのではなく
価値がある存在だと知ったとき、
自然と貢献したくなる。
この順番が逆になると、
頑張るほど苦しくなる。
本当に超えるべき相手は、
他人ではなく、昨日の自分。
昨日より少し気づけたか。
昨日より少し挑戦できたか。
昨日より少し大切にできたか。
昨日より少し、できたことある?
その積み重ねが、
自信になり、
人生の土台になっていく。
影響力は、
地位や肩書きでは育たない。
人間性と経験の積み重ねが、
「この人の言葉なら信じたい。」
という本物の信頼を育てていく。
あなたが今、
本当に欲しいものは何だろう。
注目や称賛だろうか。
それとも、
「誰かの人生が少し前に進んだ。」
そんな実感だろうか。
その答えが見え始めたとき、
承認欲求は消えるのではなく
静かになっていく。
もっと大きな喜びと願いが、
自分の中に育ち始めるから。
人は、傷が癒えるほど、
「価値を証明する人生」から、
「自分を表現する人生」へ変わっていく。

