「それをやって何になるの?」と言われても、私はチェロを始めた。
役に立たないと思っていた時間が、人生をいちばん豊かにしてくれた。
チェロを始めたのは41歳でした。
最初の1年間はレンタルのチェロ。
「いつか、この曲が弾けるようになったらいいな。」
そんな小さな憧れから始まりました。
当時は、お金に余裕があったわけではありません。
子どもたちはまだ小学生。
家計を考えれば、もっと優先すべきことはいくらでもありました。
「家族がいるから」
「お金がかかるから」
「この年で」
「今さら」
そして最後に出てくるのが、
「それをやって何になるの?」という言葉でした。
でも、あのとき私は
「今の『やってみたい』を無視したら、一生できない気がする。」
と思いました。
人生には、「今しかないタイミング」があります。
子どもの成長もそう。
今年しか見られない景色もそう。
そのときにしか感じられない気持ちがあります。
「いつか」は、案外やってきません。
だから私は、チェロを習い始めました。
楽譜も読めなかった私が、20年以上続けてきたこと
音楽経験といえば、小学1年生のときに1年間習ったピアノだけ。
楽譜もほとんど読めませんでした。
チェロには、ト音記号、ハ音記号、ヘ音記号という3種類の楽譜があります。
最初は何が書いてあるのか、まったく分かりませんでした。
それでも少しずつ練習を重ね、気がつけば20年以上が過ぎました。
途中、仕事が忙しくなり、何年も弾けない時期もありました。
それでも、再開するたびに体は覚えていました。
以前より弾けなくなったと思っても、少し練習すると、
昔できなかったことができるようになっている。
「ああ、人は積み重ねたものって、失わないんだ。」
と思いました。
2年お休みし、またチェロを再開しました。
不思議なことに、以前より音をよく聴けるようになっていました。
飲み込みも早くなり、先生がおっしゃることが、体にスッと入ってきます。
左手と右手、技術と表現のバランス
チェロを習いながら、私は音楽だけではなく、生き方を学んでいます。
左手は音程を正確に取る。
右手は弓を弦と平行に動かす。
少し角度がずれるだけで、隣の弦に触れてしまう。
左手に集中すると右手がおろそかになる。
音程ばかり気にすると、今度は歌ってる感覚がなく味気なくなる。
技術だけでは、美しい音にはなりません。
でも、表現だけでも音程は崩れてしまう。
どちらも必要。
そのバランスが、本当に難しいのです。
「リラックス」という、先生の言葉
先生が、何度も何度も言う言葉があります。
「リラックス」
この言葉を聞くたびに思います。
私は本当の意味で、リラックスを知らなかったのではないか、と。
気がつくと肩に力が入り、
腕に力が入り、
指にも力が入っている。
「いい音を出そう」
「間違えないように」
「音程外れたらイヤだな」
「この高い音をとれる自信がない」
そう思えば思うほど、体は固くなっていきます。
でも、ふと自然に力が抜けた瞬間、
音がとれ、よく響き、柔らかくなります。
心も体も喜んでいるような、深く癒される音になります。
力が抜けたとき、その人らしい響きが生まれる
その瞬間に思うんです。
人生も同じなのかも、と。
頑張ることは必要です。
努力も必要。
でも、力んでいると、本来の力は出ません。
「変わらなきゃ」
「もっと頑張らなきゃ」
そう思っている間、人はどこか苦しそうです。
でも安心すると、自然に力が抜けます。
無理に変わろうとしなくても、自分らしさが現れてきます。
その人らしい言葉。
その人らしい笑顔。
その人らしい人生。
私は24年間、心理セラピストとして多くの方と向き合ってきました。
そして今、チェロからも同じことを教えられています。
力が抜けたとき、人は一番美しく響くのだと。
「それをやって何になるの?」に対する、もう一つの答え
もう一つ、心の底から思ったことがあります。
趣味を持つことは、とても大切だということです。
仕事とは関係のないこと。
すぐにお金にならないこと。
割に合わないこと。
効率だけでは測れないこと。
一見、無駄に見えること。
そんな時間が、人の心を育てます。
世の中はすぐに聞きます。
「それをやって何になるの?」
「仕事につながるの?」
「お金になるの?」
「いくらかかるの?」
気づけば私たち自身も、
「稼ぐこと」
「成果を出すこと」
「役に立つこと」
そんな基準だけで、物事を見るようになっていたかもしれません。
もちろん、生活するためのお金は必要です。
仕事も大切です。
でも、それだけでは、人生は豊かになりません。
自分の心を喜ばせるために使う時間。
「何の役に立つの?」と言われることに使うお金。
一見、遠回りに見える時間。
実は、そういう時間こそが、心を深く育てていくのだと思います。
お金を生まない時間が、教えてくれること
チェロは私に、
うまくできない時間にも意味があること。
力を抜くことを教えてくれました。
弾いている時間は、お金を生みません。
けれど、
感性を育て、
心を整え、
自分とつながる時間を育ててくれます。
それらは、
仕事にも、
人間関係にも、
生き方にもつながる力です。
人は、役に立つことだけをして育つのではありません。
自分の心が喜ぶ時間が、
新しいものを生み出す力や、人を育む力を育てているのだと思います。
戻ってきた「やってみたい」を、閉じ込めない
子どもの頃に叶えられなかった「やってみたい」は、
大人になって、少し違う形で戻ってくることがあります。
その小さな声を、
「忙しいから」
「今さら」
「何の役にも立たないから」
そうやって閉じ込めてしまうのは、もったいないと思います。
「それをやって何になるの?」
その答えは、始める前には分かりません。
でも振り返ると、それは思いもしなかった形で人生に返ってきます。
目には見えない力となって。
人としての厚みとなって。
人生の豊かさとなって。
子どもの頃に置いてきた「やってみたい」があるなら、
その声を無視しないでください。
人生は案外、
「役に立たない」と思っていた時間や、
心が喜ぶために使った時間によって、
静かに、豊かになっていくのだと、私は思っています。
だから私は今日も、チェロを弾きます。
もっと上手になりたい。
でも、それだけではありません。
自分の音を磨き、響かせたい。
そして、まだ見ぬ自分と出会い続けたい。
チェロは、私に音楽だけではなく、生き方を教えてくれています。


人から見て「それをやって何になるのか」それこそが自分の「好き」の最大価値だと思うんだ。だから続けられる
だからそんなことを思うヤツには
「この価値がわからない残念な人だ」と
こっそり思えばいいのさ
素晴らしい趣味に乾杯☺️